pon0811’s blog

ADHDをもつははとむすこのブログです。コンサータを飲んでいますが、失敗は多いです。同じような境遇のかたの参考になればうれしいです。よろしくお願いします。

私のADHD履歴書 小学生時代

こんにちは。ぽんたです。

小学生になると変わった子供だと言われるようになります。

小学校の先生は家庭環境が複雑でかわいそうという印象があったからでしょうか、とても可愛がってくれました。ADHDの子供は実年齢x0.7とよく言われますが、私も幼く見られました。多少悪さをしても怒られず、4年生までは自由気ままに行動していました。学校の宿題を通学途中に思いだし、道に広げてやりはじめたり、友達をそそのかして万引きをしました。つららで遊ぶために雪玉を窓にぶつけわってしまったり、嘘もよくついていたと思います。だらしなくて忘れ物も多く、いつも他のクラスに借りに行ったり、忘れ物コーナーから持ってきてごまかしていました。悪知恵はすごくはたらく子供でした。今ならかなりの問題児です(笑)

授業中もほとんど聞かず考え事をしたり寝ていました。

ここまでだとADHDが強い問題児ですが、良い面もありました。空想ばかりしてたので物語がをつくるのが上手でした。演劇に力をいれている小学校だったので、毎年先生の脚本で劇をやるのですが、4年生のときは私の脚本が採用されました。歌の歌詞もつくりました。とても楽しくはじめて頼りにされる自分になれた気がしました。同時期に作文コンクールで市から表彰もされました。このときの経験が『文章を考えることが好き』につながっていると思います。

5年生になり、男女別々に行動するようになった頃から、徐々にいじめられるようになりました。私は自分の存在価値を見いだすために、積極的に行動するようになりました。みんなの嫌がっていることを進んでするようになり、役員を兼務したり児童会に立候補しました。図書委員長と生徒会副会長を兼務し休み時間の度に動き回ることが必要とされている感じがして嬉しかったことをよく覚えています。相変わらず忘れ物は多く、通知表には忘れ物が多いこと、体育が苦手なことが毎回書いてありました。授業を聞いてないわりに成績は良かったです。

6年生になり、義父がなくなりました。ここが人生の転換期だと思います。理由はいくつかありましたが、私立の中学校に進学しました。